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ー第3章ー 4.Belle puppée

작가: 土浦タカ
last update 게시일: 2026-09-16 10:15:26

そうこうして数日過ごしている内にパリ・プラニングから連絡が来る。早速仕事の話だった。自分は事務所に所属しているだけの素人だったのでこんなに直ぐに仕事が来るのかと驚いた。休日を使って仏蘭西に行くことが決まった。兎に角セシルから離れたい。セシルの事など考えたくも無かった。

巴里に来たのは一ヶ月も経っていない筈だが、何故か遠い昔の事に感じた。イレヱヌはマドレエヌ寺院近くのトロンシェ通りにあるパリ・プラニングのオフィスにいた。予想通りスカウトマン、社長二人ともジャンヌ、エドワアドの事を知っていた。初めての仕事は新規のブランドのイメエジ広告の撮影だった。

「まあ!写真で見るより美しいわ!若い頃のジャンヌよりも綺麗かもしれない……」案の定、ブランドのデザイナア、シルヴィ・ペロウはジャンヌの事を知っていた。赤い風車ムウラン・ルウジュ時代に衣装デザイナアをしており、其処から交遊を深めた仲らしい。「何時かイレヱヌとも仕事をしたいってジャンヌと良く話してたわ」衣装合わせをしながらシルヴィは楽しそうに話した。イレヱヌは何も言わずに微笑んだ。(あたしの人生は結局ずっと此れが続くのだろう)イレヱヌは諦観してそう思う。(でも、此れはどうすることもできないことだし。そもそもあたしの親が普通の人だったら此の仕事は貰えなかっただろうし)顔にメイクを施されながら誰に言うでもなく言い聞かせる。そして撮影が始まった。

イレヱヌの顔は普段よりさらに真っ白になっていた。まるで巴里の日曜日の蚤の市ブロカントで眼にする陶器人形ビスクドオルのような顔だ。鏡を覗き込んで思わず笑ってしまう。衣装はフープスカアトとコルセットの部分が敢えて剥き出しになったドレスだった。正面はミニドレスに見えるが後ろはトレエンが床を引きずる長さに作られている。足元は薄手のストッキングにガーターベルトを履いた。頭は高く盛り上げた髪型を模した鬘を被った。鬘には船の模型や駝鳥の羽根、薔薇等が付けられているため、鬘の中は空洞とはいえそれなりに重い。十八世紀の極端な華美さと、十九世紀の退廃的デカダンスな雰囲気からインスピレエションを得たもののようだが、今の時代の感覚ではファッションというより身につける芸術アートといったものだった。撮影現場には|蚤の市《ブロカント》で見つけたと思われる巨大な全身鏡や長椅子等のヴィンテェジ家具があり、カメラマンの指示で長椅子にしどけなく横になり、カメラに向かって微笑む。カメラの目映い光が向けられる。

「良いよ!」「何て美しいんだ」「もっと気怠げな表情は出来る?」

ストロボが光って、カメラが向けられる。目映い光が放たれ、シャッター音がスタジオに響く度に、自分の心まで照らされている様で一瞬怯んでしまうのを感じた。

(大丈夫。あたしは美しいもの)幼い頃からジャンヌに言われていた言葉を思い出し、イレヱヌは自分を奮い起たせる。

『I、あんたって最高に美しいお人形さんベル・プペね』『Ma poupée私のお人形

プラザホテルでのあの満ち足りた美しい世界、誰にも入り込めない自分だけのお城。何時も自分を慈しみ、可愛がってくれる美しい母。あの時に戻る事は二度と無い。

(其れで良い)イレヱヌはそう思った。何時壊れるか分からないお城なんて自分は欲しくない。自分は決して壊される事の無いお城が欲しい。(その為なら、あたしはママン以外の前でも美しいお人形さんベル・プペにくらい成れるわ。たとえママンのようにあたしを愛してくれない相手であろうと)イレヱヌはカメラをじっと見詰める。眼球に耀が反射してイレヱヌの眼は紫にも藍にも見える不思議な色を宿した。まるで硝子で出来た人形の眼だった。

撮影後に写真の仕上がりを確認してみる。フィルムの性能や印刷技術によって自分がカラーの写真で写っているのが嬉しかった。メイクや衣装の着替え、慣れないポージング等で疲れたものの、其れ以上の充足感に満たされた。自分は何か一つの事を自分の意思でやり遂げた。其の事実はイレヱヌの心を充たしてくれるものだった。

(長く続けられる仕事では無いと思うけれど、此れで何かをした実績位は出来た)人から見れば親の七光りで拾った仕事だと軽蔑されるだろうが、イレヱヌはそれでも構わなかった。自分が生きられる自分だけのお城が欲しい、其の目標に一歩近づけたと感じられたからだ。衣装を脱ぎ、メイクを落とされながらぼんやりと頭の隅で考える。(あたしの代わりになれる人なんてたぶんすぐに出てくる。見た目だけが全てだもの。多分頑張れて二十五とかかな……。始めた瞬間に終わりは始まってる。でも其れで良い。ずっと続く筈無いなんて判りきってる。其れよりもその後何をすれば良いのか……何ならあたしは出来るのか……)イレヱヌはぼんやりと頭飾りに使われた薔薇を見つめる。自分は何時までも瑞々しく満開に咲き乱れた状態ではいられない。朽ちて、枯れていくときにどうなっているのだろう。其の時の自分をまだ想像する事が出来なかった。

(始まったら終わりは来る。其の時あたしはどうしているの?あたしは美しく終われるだろうか?花弁が全て散って水を腐らせる終わり方ではなく美しい生花の内に乾燥草花ドライフラワアのような別の美しい物に変わって終わらせる……そんな終わり方が)

撮影が終わって寮に戻り、今日の出来事をノオトに記した。カメラマンにもらった写真の焼き増しを見て思わず笑ってしまう。写真の中で自分は藍色の眼で此方を見詰めていた。じっと此方を睨んでいるようにも虚ろでぼんやりしているようにも見える眼差しだ。自分は本当のモデルになったのだ。此れからどんな仕事が舞い込むだろう、何処までモデルとして駆け上がれるだろう、とわくわくする。すると其処でドアをノックする音が聞こえた。誰だろう、と思いドアから外を覗くとセシルが立っていた。

(一体何の用なのよ)腹立たしく思ったものの何時までも立っていられる方が迷惑だ、と気持ちを切り替えてドアを開ける。セシルがばつの悪そうな顔で立っていた。手にはカモミイルの花束を持っていた。「何か用?」とぶっきらぼうに話しかけると「此の間は……ごめん……」と蚊の鳴くような声で言った。はあ、と溜め息をつき、「部屋に入って」とだけ言った。いくら怒っていてもこんなところで話す内容ではないことくらい判断はできる。

部屋に備えられた簡易式のキッチンでお湯を沸かしてマルコポオロを淹れ、ラデュレのマカロンを箱から出した。セシルは卓子テェブルに置かれた紅茶には目を向けず、ずっと俯いて手を拳にしている。「……イレヱヌ、此の間は、ごめん」と漸く口を開いた。「セシルが謝って来るとは思わなかった。どういう風の吹き回し?」と意趣返しで云うと「……皆にイレヱヌと仲直りすべきだって言われて……此のままだとイレヱヌは他のボオイフレンドを作るのを指を咥えて見ることになるって言われて……」もごもごと話すセシルを見てやっぱりな、とイレヱヌは思う。セシルが自分の意思だけで謝りに来るとは思えなかったからだ。「皆ってレナートとエンリケとか?」セシルは頷き「後はアンヌとジュリエット……其れにヘンリイ、エドガアに……シリル……」「シリル達まで?随分周りに心配かけちゃったんだねあたし…」申し訳なさに胸が痛んだ。心配させてしまったのはアンヌやジュリエットだけでは無かったのか。まさかシリル達まで心配していたとは予想外だった。「……僕がシリルならイレヱヌと仲直りさせようなんて思わないと思う」ぼそりとセシルが言った。唇が歪み、眉間に皺を寄せている。「でも彼奴はそうした」セシルは僅かに震えた。目元が赤くなっている。まさか泣いているのか、と焦った。一体セシルが何故泣いているのかが理解わからない。安心して泣きそうになっているのだろうか。「彼奴、僕よりもずっと“良い奴”だね」ぼそりとセシルが呟いた。「イレヱヌ、お願い。僕以外の人を好きにならないで。お願い」憐れっぽい声でセシルはイレヱヌの目を見て言う。まるで機嫌が悪い母親の顔色を窺う子供のような憐れみを誘う姿だった。はあ、と何度めかの溜め息をついた後に「次は無いわよ」と言ってセシルを抱き締めた。セシルもきつく抱き締め返す。親の愛に飢えた子供の様な頼り無げな弱々しさだった。

「イレヱヌ、セシルとは仲直り出来たんだね?」バレエの授業でストレッチをしながらジュリエットに話しかけられた。ジュリエットはローザンヌでプリマドンナになることが夢なだけあってバレエの授業を毎日受けていた。「うん」イレヱヌは頷く。ジュリエットとアンヌには随分と心配をかけてしまったと知っているだけに気恥ずかしかった。

「ジュリエットとアンヌには心配かけちゃってたね…。もう大丈夫…」と何となく気まずくてジュリエットの顔を直接は見れずに言った。そんなイレヱヌの様子を見てジュリエットはくすくすと笑った。「アンヌは心配してたけどあたしはきっと大丈夫だって思ってたよ。セシルはイレヱヌの事大好きだし」にっこりと笑うジュリエットを見て、イレヱヌも思わずふふっと笑い返した。ふと昨日のセシルの言葉を思い出し、「セシルがシリル達にも仲直りするようにって言われたって言ってたんだけど…何でかな?」と呟いた。シリルが其のような事を言うとは信じがたい。セシルの事は随分と嫌っていたし、若し心変わりさえしていないならシリルは自分の事が好きだった筈だ。其れとも気が変わったのだろうか?あの告白のような言葉から数ヶ月は経つし気が変わっていてもおかしくはない、とイレヱヌは推察したが、「へえー彼奴そんな事したんだ?意外ねぇ。イレヱヌの事大好きなくせに……」とジュリエットが其の考えを否定する事を言った。(やっぱりまだ気が変わってはいないのか)と思いつつ「セシルが言うには、そうらしいよ」と返答する。シリルの思惑は何処にあるのだろう。イレヱヌは不思議で仕方無かった。

――第3章 完――

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